Episode of TEAMO

桜が咲いても、どんな時でも兀兀(コツコツ)と。

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5歳の時に見た桜の風景を見た感情は、「やさしい」でした。

今もよく覚えています。保育園の先生が笑ってる。組のみんなが楽しそうにケラケラ笑ってる。滑り台、鉄棒、砂場。

そんな5歳の時の春の風景は、「やさしい」

 

小学校2年生の時にみた桜の風景を見た感情は、「きんちょう」でした。

新しい学校、新しい先生、新しいクラスメイト、新しい団地の住まい。

小2の時に感じた初めての地で過ごす春の風景は、「きんちょう」

 

中学の時の桜の風景を見た感情は、「期待」

男子校だった高校の時は、「反抗」

20代前半の時の桜の風景を見た感情は、「自由とワクワク」

28歳の時の桜の風景を見た感情は、大好きなおじぃさんとの「別れ」

人生で唯一胆嚢癌で亡くなるまでタバコを愛したおじぃさんとの「別れ」の時、「かなしい」感情よりも「楽しかった」とか「大好き」とか、あなたの孫で良かった「しあわせだった」ことが今でもずっと誇りです。

30代前半の桜の風景を見た感情は、「仕事=楽しい」

本当に前職の会社では、超好き勝手やらせてもらいました。ソーシャルでは繋がってないけれど、本当に色んな可能性にチャレンジさせてもらって、人にも恵まれてめちゃくちゃ感謝しているのが正直な気持ち。春はいつも仕事の現場に行くことが多かった。仕事って楽しい!を背中で教えてもらった。と、勝手に思っています。

だから、僕にとって春の桜は、「きれい」だけでは表現できない季節。

でも、春夏秋冬、僕の心は「幸せ」を感じることが多いです。

兀兀(コツコツ)を楽しみながらやるマインド。

【兀兀】コツコツ

[ト・タル][文][形動タリ]地道に働くさま。たゆまず努め励むさま。「―と勉強をする」

[副]に同じ。「仕事を―こなす」「―励む」

春夏秋冬365日、誰だって楽しみながら過ごしていきたい。

楽しんでいる人は、仕事も遊びも120%楽しんでいると思います。

でも、そこには日々、人に対しての想いや愛をコツコツ形にしてきた人たち。

僕は昔から、この「コツコツ」がめちゃくちゃ苦手でした。宿題とかそういう類のお題。

「コツコツ」って言葉を聞いて受け取る感覚が、「しなければいけない」という感じで捉えてしまってたので、「しなければいけない」「マスト(must)」ってのが、なんとなくしっくりこない感じでスルーしてました。興味の無いものにコツコツしたい理由がなかったので、コツコツできなかった。

でも、自分が好きなもの・惚れたものには、とことんいっちゃう。そこには「したい!」という感覚しかなくて、気づいたら行動しちゃってる。好きだから、惚れたから、ついついやってしまう。成功とか失敗とか、あれこれ考えない。

だから、僕は勝手にコツコツの定義を自分流に変えて、マスト(must)をウォント(want to)に変えるといいかな?と思っています。厳密に言えば、試されてる部分でもあるんですけどね。

本当にその人を、マジで幸せにしたいのか?

本当にその問題を、マジで解決したいのか?

解決の先にはどんなシーンが繰り広げられているのか?

その次、何したい?

そういった直感の質問に「やりたい!」って、心の底から自分がなっているかどうか。それが常に試されてる感じ。

ぼくが今100%そうなりきれているか?と言えば、まだまだこれからだけど、そういう状態って、本当に季節や行事関係なく、毎日がめちゃくちゃ楽しくて仕方ないんだろうなぁ。

毎日が花見気分だし、毎日がクリスマスだし、毎日が記念日や祭り。

今日(昨日は、か☆)、桜が咲く春を感じながらも、春でも冬でもどんな時でも楽しくワクワク過ごしていこう!そのために、自分の想いを形に、コツコツ行動しよう!と改めて確かめた2016年3月末日~4月1日年度初めの日のことでした。

いつも心にワクワクを☆