Episode of TEAMO

戦争で母方の祖父が負傷してなかったら、僕はいなかった。ルーツの話01

ルーツを知る
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自分のルーツを知るということは、自分の親を理解すること。親せき、祖父母を知るということ。細かい詳細の話を知るのはなかなか難しいかもしれないけれど、今につながっている過去の話を親や祖父母・親せきに聞くことから、自分のルーツへの関心がすごく高まった。

自分のルーツを知るということは、自分を知るということに繋がっていると僕は思う。

自分のルーツを知るということは、祖先から代々バトンを渡されて、今バトンを持っているのが自分であるということを確かめることにも繋がっていると僕は思う。

自分のルーツを知れば知るほど、自分が今こうして生きていることがキセキとすら思えてくる。

僕の祖父母の4人のおじぃちゃん、おばあちゃんはもうこの世にはいないけれど、2組のおじぃちゃん、おばぁちゃんが出会わなければ、今の僕も兄妹も親もみんないない。

当たり前のキセキ的な話☆母方の祖父母の出会いもキセキのような運命の出逢いでした。

戦争で銃で撃たれて負傷した僕のおじぃさんを看護してたのが僕のおばぁさん。

時代は1950年の朝鮮戦争。北と南が分裂するきっかけとなった戦争。

僕のおじぃさんは、韓国の兵隊さんとして戦争に出たと聞きました。

国が2つに分かれる前の平和だった頃、僕のおじぃさんは北の地域でタバコ農場を運営している金持ちの地主でした。

あるとき、その国の思想が変わって、そのタバコ畑は全部奪われんだって。

それに激怒したおじぃさんは反対活動に参加しましたが、思想が変わってしまった国に捕まって拘束されたらしい。

出所して、「この国はおかしくなる」と察知して、軍事境界線と言われる国境が敷かれる前だったので、自由に行き来できてたから、僕のおじぃさんはそのまま南下。今でいう脱北したんだ、すごいよおじぃちゃん。

僕が母から聞いた話は、映画のような本当に会った話。

そうそう、おじぃさんは韓国の兵隊さん☆韓国軍として、国のために戦いました。

でも、銃弾が足を貫通しておじぃさんは負傷。昔、その時の傷を見せてもらった記憶があります。

その時、看護してくれた看護婦さんが僕のおばぁさんになる人でした。

僕が物心ついたときには、おばぁちゃんはシワシワで、よく弟とサザエボンに似てるとか言って親にめちゃ怒られたけど(でも、母親が少し笑ったことも覚えているけど)、昔の写真を見たらとても美人できれいな人でした。

そのあと、何度か戦場に行くけど、戦争は終焉を迎え、二人は結婚して3人の子を授かりました。

その2人目の次女が僕の母親です。繋がりを辿れば辿るほど、今こうやってブログ書いてることすらもすごいことやなぁ。

語り継がれている話。自分から聞かないと知ることのない話。

僕は、今は親を尊敬してるし、仲がいいから電話でもよく話します。

でも、若いころは、親のことはちゃんと知らないし、めちゃくちゃ憎んで家出して5年くらい帰らなかった時期があったけど、僕は25歳~28歳の間に、親を理解して、そこから親のことをもっともっと知りたくなりました。

人それぞれだけれど、親と仲が悪かったり、お互い理解しあえない関係の人もいるかもしれないけれど、自分の知らないルーツの話を知ることって、実は自分にも家族にもすごく大切なことかもしれないなぁ。

親や親せき、祖父母がまだ生きているのなら、生の体験談を聞くことほど、貴重なものはないって思う。血のつながっている人から、生の体験談を本人の口からきくことほど、それは自分にとってものすごい価値なんだと思いますよ☆

そんなことを思った、2016回目6月最後の月曜日の夜更けのことでした。